三十三歳の貧乏作家緒方がその不遇の生活にも明るくたえてゆけるのは、とって十九歳になる底抜けに無邪気な若妻--芳枝のおかげといえる。北陸の女学校を卒業、すぐ上京して緒方と知りあい結婚した彼女はひどい貧乏にめげるどころか、飢に迫られての質屋通いまでたのしがろうという楽天さ。緒方の原稿をきれいに清書しては、駄賃と称してドラ焼きを買い、さもおいしげに頬ばるのである。突然訪ねてきた幼友達野々宮と映画見物に外出、そのかえりのおそいのに緒方を心配させたものの、実は閉館後ラーメン、シューマイのたぐいをお腹一杯ご馳走になったということでしかなかった。芳枝の妊娠中下宿の追いたてを食ったが、その立退き料で夫婦もろとも入院し、文学仲間の深見らが集めた出産祝いで大学生伴のすむ通称「もぐら横丁」の一長屋に引きうつる。近所の住人には緒方同様の貧乏作家たちが多かった。彼らと珍妙な交渉をかさねつつ、天真な妻、かわいい赤子に元気づけられて、緒方はかいた。最後の着物まで質にいれ、やむなく病気を装って昼日中蒲団の中にいる芳枝。--しかし彼ら二人にも輝かしい日か訪れた。緒方の作品に芥川賞があたえられたのである。賞金は借金の払いやら質の受出しやらでけしとんだが、久方ぶりに浅草で牛肉をたべ、映画をみようという緒方の発案に、芳枝は文字通りとび上ってよろこんだ。
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